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世の中のおそうじー民主化の限界 その3 [世の中のおそうじ]

長いトンネル

車道のすぐ脇に鉄道がありました。
単線でひっそりとしていますが、本当に電車が走るのでしょうか?

トンネルの向こうが見えますか?
そこに新しい世界があるようですね。

毎日の生活では予期しなかったことが起こるものです。
職場でのストレスや家族の問題、健康を害したり経済的な不安など、など…。
まるで長いトンネルに入ったようです。

トンネル 予讃線.jpg

そんな経験、おありですか?
八方ふさがりに思えることです。
でも、どんな長いトンネルにも必ず出口があります。

悩んでいる最中はそう思えないでしょうが…。
振り返ってみると問題はいつの間にか過去のものに…。
そういうことってよくありますよね。

では、民主化は人類の問題の「出口」になるのでしょうか?


「人民の,人民による,人民のための政治」

アブラハム・リンカーンは期待を込めてそう述べました。
民主主義(デモクラシー)とは、人民が直接に、もしくは代表者を通して権力を行使する政治です。
問題も多少あるが、理想的な政治形態だと多くの人は考えます。

ミャンマーでは軍事政権が長期間にわたり支配してきました。
今回の総選挙で、アウンサン・スーチーさんが率いる国民民主連盟(NFL)が勝利し、民主化が期待されています。
自由や公正が得られるといいですが、まだ道筋は厳しいようです。


民主主義の弱点

ところで、民主主義は最善の政治でしょうか?
戦後、多くの国で民主化がなされましたが本当に幸せでしょうか?
みなさんはいかがですか?

インドの元首相ネルーは、民主主義を良いものとしました。
しかし、その後でこう付け加えています。
「わたしがそう言うのは、ほかの制度が悪いからだ」

お腹がすいて何かの料理を食べるところを想像してみてください。
本当に食べたいご馳走があるのですが目の前にはありません。
それで、仕方なく我慢して食べられる物でお腹を満たす…そんな感じです。

ネルーの言葉にはそのような響きがあります。
最善ではなく、あきらめに似た妥協でしょう。

民主主義には何が必要でしょうか?


① 自分の利益よりも大多数の人の利益を優先させる必要がある。

市民には、全体の益のために賛成できなくても進んで従う無私の態度が必要です。
しかし、ほとんどの人にとって関心があるのは自分の利益です。

② 国民から選ばれる議員は、有能で私利私欲を追い求める人であってはならない。

議員の多くは政治に関して素人同然でも、肩書きや世襲、また見た目の良さで当選します。
そして、金銭的にクリアーな政治家が少ないというのが実状です。


③ 平和裏に議論を深め、最善の決定や良い選択をする必要がある。

議会では揚げ足取りの討論がされ、物事がなかなか進まず罵声が飛び交う場となっています。
議決では大多数の有権者より、自分の信念や自分の政党の方針を支持する傾向があります。


いかがでしょう...。
理想の実現は可能でしょうか?
民主主義には限界があるのではありませんか?

多数派は少数派のようにひどい誤りを犯すかもしれません。
議員も市民も共に優秀な人格を持つ人であればうまく行きます。
それは国際連合や社会主義、共産主義も同じでしょう。

しかし、現実は違います。
理論上はどんなに優れていても、
実行する人間そのものの弱さに阻まれるのです。

「盲人が盲人を導く。これが民主的な方法だ。」と、アメリカの作家ヘンリー・ミラーは述べています。
民主主義はすべての人が政治にかかわるゆえに、人間による支配の極みです。
人間に頼ることの愚かさを2700年前にある書物はこう述べています。

『人の前には廉直な道であっても、後にその終わりが死の道となるものがある』

正しいことと正しく見えることを見極めなければなりません。
しかし、残念ながら不完全な人間は正確に識別できません。
その時は良く思えても、実際には非常に有害な場合があるのです。

トンネルの向こうに希望あふれる新しい世があるでしょうか?
妥協ではなく本当のご馳走を食べる日が来ますか?
今日は、ここまでにします。

(記事の転載、厳禁)
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コメント 1

小林宏

「人民の、人民による、人民のための政治」について一言。
久しく人口に膾炙されてきた言葉ですが、本当のところ、この言葉でgovernment of the people, by the people, for the peopleの表現していることが言い表せているのでしょうか?試みに、不具合な例を一つ挙げましょう。governmentに「政治」を当てていますが、一般に「政治」といえばまずpoliticsが来ましょう。governmentはあまり来ません。しかしgovernmentとpoliticsとは互いに密接な関係にある言葉です。これを攻防の激しい相撲にたとえてみましょう。土俵に象徴される既定の諸規則がgovernmentに当たります。このgovernmentを是認したうえで行われる攻防がpoliticsに当たります。そしてこの攻防こそが「政治」に見られる特性でもあるのです。一般にpoliticsが「政治」と和訳されていることの所以です。politicsが大手を振るう「政治」の中に滑り込まされたgovernmentとしては居心地の真に悪い居候を強いられている、と言わざるをえません。もっと真剣にLincolnの真意に迫らなければならないと考えます。ご関心の向きは拙著「”Government of the people, by the people, for the people,”とは何か?」(2013.
近代文芸社)をご参照頂ければ幸いです。
by 小林宏 (2015-11-13 20:50) 

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