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心のおそうじ-自殺について その3 [心のお掃除]

♪名も知らぬ~、遠き島より、流れよ~る、やしの実一つ~♪

目をとじて小声で口ずさむと、はるか遠くイメージがうかぶ歌の一つです。

ワシントン椰子のある風景-1.jpg

日本でも街角に植えられ、異国情緒をかき立てます。
ヤシの木にはいろいろな種類があります。また、昔から人に美しさを連想させます。
2500年ほども前の書物にこんな歌があります。

「あなたのこの背丈は、やしの木に、あなたの乳房はなつめやしの房に似ている。」 わたしは言った、 『わたしは、やしの木に上って、そのなつめやしの果梗(かこう)を取ろう』と。 そして、どうか、あなたの乳房がぶどうの房のようであって欲しい。あなたの鼻の香りがりんごのようであれ」

背が高く堂々としたヤシの木は,幹がまっすぐ伸び,葉が羽を広げた飾りのように優雅です。
この歌は、愛する女性の背丈をやしの木に,乳房をその房に例えています。


心のおそうじ-自ら命を絶つことについて その3


命は贈り物

ある子どもが、大人にこう尋ねます。

「本当に人生に意味がないなら、どうして生きるの?」

「う~ん、そうだね。まぁ、生きたいから生きる…って、そんな感じかな…。」

「ふ~ん、そう…?」

自ら命を絶つという選択の自由があるのに、なぜ「死ぬ」方を選ばないのでしょうか?
頭では分かっていてもいざ死ぬとなると、「生きていたい」という思いがフツフツと湧いてきます。それが正直な気持ちです。

裏庭で拾った黒い石のことを思い出してください。
家族も近所の偉い人もその価値を認めません。置いてても意味がないから、みんな捨てるようにと勧めます。
迷いますが捨てたくありません。
それで、ふとその石をきれいにしてみようと思います。
ゴシゴシと磨いてゆくと裏側にかすれた小さな文字で、「父より」という言葉が浮かんできます。

電話で母に尋ねてみると、どうやら何年も前に死んだ父の物だと分かります。自分が誕生した時、父が嬉しくて我が子の顔を刻んだものなのです。石を手にすると温かい気持ちになるのはそのせいかもしれません。
捨てなくて良かったと思います。

「生きていたい」という気持ちはそれに似ています。
進化の「理屈」ではなく身体そのものに目を向けると、「死ぬ」のではなく「生きよう」としているのが分かります。
リストカットしても、その人の身体は傷口を塞ぎ血を止めようと全力を尽くします。
命は意味のないものではなく「生きる」という方向性があります。

動物は、精いっぱい生きています。
考える力のある人間だけが命を「捨てて」よいでしょうか?
黒い石は父親からの贈り物でした。
貴重で不思議な「命」も贈り主がいるかもしれませんね。

(記事の転載、厳禁。)








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