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心のおそうじ-自殺について その1 [心のお掃除]

十月半ばを過ぎて、北海道や東日本では、すでに紅葉となり、雪が降ったところもあります。西日本では、少し木々が色づき始めたというところでしょうか。皆さんのところは、いかがですか?
以前に、十月の終わりから十一月にかけて、ニューヨーク州に行ったことがあります。その時、アメリカは日本と違い、紅葉も派手だなと感じました。どちらかといえば、日本の紅葉はおしとやかというか、風情があるかもしれません。それで、ニューヨークの紅葉を少しアップします。

ニューヨーク紅葉1-1.jpg

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ニューヨーク紅葉2-1.jpg

マンハッタンのリス-1.jpg

ところで、地球に季節があることはすばらしいことですが、その原因はなにか知っておられますか?そうです。地球が太陽に対して、地軸が23.4度傾いているおかげで、季節のサイクルが生まれ、気温が穏やかになり、変化に富む気候帯が作り出されているそうです。ほんとうに、絶妙のバランスですね。
昔の書物には、こうありました。

『あなたはそのすべてを知恵をもって造られました。地はあなたの産物で満ちています』

「プロのおそうじマニュアル」の続きは、今後に掲載していく予定です。今回は、心のおそうじについて書いてみます。


心のおそうじ-自ら命を絶つことについて


選択の自由

考えて見ますと、わたしたちは生きるか死ぬかを自分で選ぶことができます。でも、愛する家族や親、また子どもたちがいると、自ら命を絶って悲しませたいとは思わないでしょう。また、友の支えや職場の人々の信頼があれば、決して死にたいとは思いません。
しかし、わたしたちは誰でも、悲しみがとても深いとき、苦しくつらいとき、また痛みにどうしても耐えられないときなどには、「死んでしまいたい・・・。」と、考えてしまうことがあります。そして、その思いがとても強くなり限界を超えたとき、人は自ら命を絶つのでしょうか?

この点で、動物や他の生き物はどうでしょうか? もちろん、わたしたちは動物にはなれないので、その気持ちを完全に理解することはできません。しかし、外から観察する限りでは、動物たちはいつも必死に生きようとしているように感じます。 毎朝、わが家にやってくる小鳥は、ほとんどの時間を餌を摂るため過ごしているようです。よくは分かりませんが、それが本能というものでしょうか? 人間のようには深く考えず、その日、その日を必死に生きているように見えます。

しかし、人間は他の動物と違っています。何か問題が生じると、深く考え、悩み、そして最悪の場合、自ら命を絶ってしまうことがあります。そういう意味においては、人には、「選択の自由」がある、と言えるかもしれません。

ただ、その「死にたい!」と、いう選択をするとき、わたしたちの体の全体がそうするのでしょうか? おそらく、そのような選択や決意は、頭の中の「脳」という器官の、しかもごく一部分が判断してそうするのかもしれませんね。それも、どうやら脳は、何かの電気反応や化学反応によって、「考える」という作業をしているようです・・・(?) いずれにしても、わたしたちが「死にたい!」と、思ったその瞬間も、心臓や肺は、酸素を補給し二酸化炭素を運び出しています。そして、そう考えている「脳」の一部分や全体に、絶え間なく生きるための血液を送り出しているわけです。小さな細胞レベルで考えると、いつも、わたしたちの考えとは関係なく細胞たちは生きようと働き続けています。

人間とは、何でしょう? 不思議ですね。

今日は、ここまでにしたいと思います。
(記事の転載、厳禁。)








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